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昨日M-TVを見たら、彼らの
日本での限定ライヴをやっていた。
最近、よく売れるので名前は知っていたが
情報は、それだけだった。
曲を聴いたのは、はじめてだったんだけど
イヤ~上手いっ。
それで、情報を得るためにすかさず検索!
メンバー5人とも、20歳くらいの韓国バンドとのこと。
ライヴを見ていた感想は、
(SMAP + DA PUMP ÷ 2)
かな。
CDのクレジットを今日みたら、mcATが関係していた。
納得。
MCもそうだけど、日本語上手い。
オレなんて、「ヨボセオ~」くらいしか言えないもんなぁ。
昨日、いろんな方が亡くなったけど
同時に、2055年の日本の人口の予想も
ニュースで出ていた。
今より、4000万人少なくなり9000万人を
割るそうです。
小学生の頃2000年が、かなり遠い未来に感じ
その時自分は、38歳か・・・とか考えたけど
2055年、考えたくないなぁ、と44歳の今は思う。
死は、必ず誰にでも平等にやってくるけど
個々の生き方は、個の数だけある。
そして、1度きり。
死ぬ直前に、総括して『いい人生だったな』と
思えるように、自分の人生は送りたいと願ってます。
黒澤明「生きる」の
「命短し、恋せよ乙女♪」が頭を過ぎる。
2度目の登場かな。
大学時代、休学して住み込みのバイトをさせていただいた所の
ホームページを、懐かしい気持ちで見させていただきました。
(リンク先にも、貼っておきました。)
http://www31.ocn.ne.jp/~sanjinkan/
そのペンションには、テレビがなく
客室の中央に、暖炉があるんですが
そこで、初対面同士のお客さんがコミニュケートするという
ちょっと変わったところです。
20年以上もうあるんだなぁ~と思うと
勇気が沸いてきました。
大切な思い出のいくつかが、そこにあります。
オーナーの弟さんには、可愛がって貰ったなぁ。
族のリーダーだった「ヨウちゃん」どうしてるかな?
音楽関係の番組が、増えて久しいですが
まだ中学生の頃、NHKでたまにやっていた
「ヤング・ミュージック・ショー」を
もう1回見たいなと思ってます。
強烈な記憶として残っているのが
「KISS」と「ストラングラーズ」のライヴ。
中学時代、野球部の練習のため、オン・タイムで
見ることができず、
母親に頼んで、ラジカセをテレビの前において
録音してもらった。
そのテープを聴きながら、ミュージック・ライフ片手に
いろんな想像をしたっけ。
野球部の何人かは、練習をサボってこの番組を見たため
翌日、正座させられていたなぁ。
アメリカの「エド・サリヴァン・ショー」等は
DVD化されているので、
この「ヤング・ミュージック・ショー」も
DVD化されれば良いと思う。
リスト・アップして、人気投票か何かで
リリースの順番を決めればいいと思うけどな。
どうでしょうか?
なんといっても、ナルチョこと鳴瀬喜博だな。
チャーとの絡みもあるし。
駄洒落トークも、おもしろいし。
カシオペアに参加してからは、聴いていない。
そのカシオペアの元ベーシストの桜井哲夫が
2番目に好き。
ソロ・アルバムは全部、持っていた。
またまた元なんだけど
ハイロウズのベーシスト=調先人くんとは、昔彼が
ミン&クリナメンにいた頃の知り合い。
流山の家に、泊まりにきたこともあったし、
アポロンから出た「猿の宝石」のCDには
SPECIAL THANKS に、オレの名前がクレジットされてます。
久しぶりに、昨日「北斗の拳SE」を打ちました。
オレは、全然ダメでしたが
一緒に行った子が、オレもまだ経験していない
SEでの「ラオウ昇天」をさせたりで
4000枚近く出してました。
自分のやった台で、初体験がひとつあった。
スタート・バーを押した後、
バッドの運転するバギー(?)に
リンしか乗っておらず、
ケンシロウとレイは、次のプレイまで不在。
その後、すぐにバトル・ボーナスに入ったんだけど
ひよっとして、「プレミア確定予告」なのでしょうか?
情報収集をあまりしていないので、
知っている人がいたら、教えて下さい。
名古屋に住んでもう18年ですが、
あんまり、名古屋弁を使わないです。
イントネーションも意識してるかなぁ・・・
18まで小牧市にいて、大学で茨城の水戸に行き
そこから、親不孝をして27まで千葉の流山市、
柏市で生活してた。
そのせいもある。
ブログに書いた中学時代の『生活記録』には
名古屋弁のオン・パレードで、自分でみても笑ってしまう。
名古屋の年配の人でさえ、あまり使わない言葉を
同世代の人が、使うと「あげあし」(得意技!!)をとって爆笑する。
①「キッチキチ」②「カンコーする」③「ホカっといて」
なんかが、過去のの爆笑例。
うちのオフクロと話すと、英語を話しているかの如く、
流暢な名古屋弁が聴けますよ~。
コメントくれる楠田さんのブログ、
名古屋弁を巧みに使ってるので、
いつも(ホントはタマに)見ては感心してる。
オリコンのブログ・ランキングでも、上位だし
そのうち、遅咲きのジャンミー(注:本陣の直の造語)として
デビューできるんじゃないの?
まぁ、そんなことアラセンテ・・・・(楠田風)てか!!!
≪楠田氏ブログ & HP≫
http://blog.oricon.co.jp/menlove/
http://homepage3.nifty.com/menlove-avenue/
①=「(非常に)キツク」
②=「工夫する」
③=「捨てる」
オレには、2人のアネキと1人の弟がいる。
一番上のアネキからは、いわゆるポップスという洋楽を、
2番目のアネキからは、キャロル、サディスティク・ミカ・バンド、
陽水、拓郎とかのニューミュージック系を小学生の頃から
聴いて(聴かされて?)いた。
当時は、こっそりレーコード聴こうものなら、
取り扱いが悪く、すぐにバレてめっちゃ怒られたな。
2人ともよくテレビの前で、テープレコーダーをおいて
生録してたんだけど、「あっ!」とか自分の声を入れる邪魔が
得意な意地悪少年でした。
今の自分の仕事をする上で、2人から受けた影響が
すごく役に立っています。感謝っ!!
弟の話は、またいつか。
最近は、突然夏にリリースしたりするのですが
20代の頃は、毎年冬に出るユーミンのアルバムを
楽しみにしていました。
『DA DI DA』までは
ルイス・ジョンソンも参加してるので、買いましたが
平成に入ってからは、買わなくなった。
ユーミンが、「ルージュの伝言」や「翳りゆく部屋」
バンバンの「いちご白書~」で、ブレイクしだしたのは
1975年のこの時期だったと思う。
なんとなく、冬になると聴きたくなってしまうのは
そのせいだと思う。
オレにとってのユーミンは、松任谷ではなく荒井由実の方です。
一番好きな曲は、「潮風にちぎれて」。
呉田軽穂で、ブレッド&バターに提供した「あの頃のまま」なんか
聴くと、その頃好きだった女の子を思い出す。
「あなたは私の青春そのもの」って言われたいなぁ。
そんな出会いが、少なくなった(今後はないかも?)
オッサンのヒトリごと・・・・でした。
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